
oboginterview梶 雅人(KABUTO by MASAHITO KAJI ディレクター)
LAST UP DATE 07/11, 2011


- 1985年生まれ。2006年より活動をスタート。ハンドメイドのヘッドアイテムを用いて「強く残るもの」をテーマに作品を製作。アートワークテイストにとらわれず、デコラティブでもあればシンプルなアイテムを発表。デザインワークと同時に東京ブランド「Dummyhead Depaysmen」「ENTOPTIC」などのスタイリストも務める。KABUTO by MASAHITO KAJI は既存の木型を使用するのではなく、デザイナーによってデフォルメされたオリジナルのフォルムを特徴とするメンズハットブランドである。ブランド名でも分かるように「兜」から感じる「屈強さ」や「美意識」からのイメージを大胆かつ繊細にハットに込める。
KABUTO by MASAHITO KAJI
http://www.kabutobymasahitokaji.jp/
―バンタンデザイン研究所の卒業生でもある梶さんですが、まずはじめにファッションや帽子に興味を持ったきかけはどの様なものだったのでしょうか? KABUTOを立ち上げるまでの経緯の話と共にお聞かせください。
子供の時から、絵を書いたりモノ作ったりするのが好きだったんですよね。小学校の時とか、絵を書く事が好きで、漫画書いたり、はり絵とかで新聞に掲載されたときは家族で喜びました。でも、すごいヘタなんですよ(笑)
ファッションへの興味といえば、将来の事を考えた時に「カッコイイことしたい」と思いました。性格的にあまのじゃくな所もあるので友達と同じ職業やるのも気がすすまなかったですし。「あーそれ先に言われちゃった」みたいな。で周りに「洋服」関係に進む人もいなかったし、「かっこいいな、やってみたいな」という気持ちもありましたから。両親は「美容師」を進めてきましたが、腰痛持ちだったのでやめました。
それで、高校を卒業してバンタンデザイン研究所のスタイリスト科に入ったんですが、実は入るまでスタイリストという仕事が何か知らなかったんですよ。当時は、とりあえず上京したくて、入ってみてからスタイリストの仕事について知ったという感じでした。今でもすべてをわかっているわけではないですが。
名前とか、音の響きとか、感覚的なものかも知れませんが、当時スタイリストって何かカッコ良かったんですよね(笑)。その頃はまだファッションで生きていきたいという気持ちはあまり強く無かったように思います。選んだ理由が安易なので当然ですね。
実際にバンタンに入ってみて、「ファッションとは何ぞや?」、「クリエイティブとは何ぞや?」という事を教えてくれる方々と出会えたのが、今の僕の活動への大きなきっかけかも知れません。「ファッションって楽しいんだ」という事や、「こういう仕事ができて、モノを作ったり、表現できるんだったら素敵な仕事だな」と。そう思えたのが大きいですね。

2007-2010 collage
―絵を書くのが好きだったのがルーツということは、服をトレンドやテイストとかある種の流行やシーンとして捉えるよりも、ひとつの造形やデザイン物として捉える感覚の方が強いのでしょうか?
造形...そうですね。今でもファッションについて知らなければならないことはたくさんあると思っています。でも、シンプルに考えると何かを創るときにはモノとして捉えて、良いか?悪いか?という判断しかしていない様な気がします。そこに行き着くまでに大切な事はたくさんありますが、最終「格好良いか?悪いか?」ですね、僕は。そういう意味でもその最終に興味があるのだと思います。
―では、そこからKABUTOの活動に繋がる「帽子」というアイテムへと辿りつくまでの道程は、どのようなものだったのでしょうか?
何故、ブランドを立ち上げる時に帽子を選んだか?という部分ですが、僕はスタイリストの現場やアシスタントをする中で、自分がするスタイリングでは帽子を武器にしたいと思ったんです。いろんな先輩スタイリストの話を聞いていくと、スタイリスト以外の仕事をやっている方も多く、他ジャンルに力を発揮出来る人が重宝される、という話を聞いていて、すごく印象に残っていたんです。必要なのは、「その人にしかできないものであって、プラスアルファが大事なんだ」という事をリアルに意識する様になりました。
何か新しいスタイリストとしての力、スタイリストの仕事以外もできる人になる事が必要なんだと思っていた事もあって、帽子を上手く使ったスタイリングや、実際に独学で創っていたオリジナルの帽子というのが僕の強みになっていった気がします。
―では、ここからは「帽子」そして「KABUTO」としての活動についてフォーカスして伺って行きたいと思います。まず、帽子を作り始めたのはいつ頃からなのですか?


―在学中から帽子の製作をスタートし、卒業してからKABUTOとして本格的に活動を始めたわけですが、その当時の想いやKABUTOというブランドネームに込めた想いをお聞かせください。
これは、ネーミングが本当にポイントでした。帽子をやろうと思った時に、実は「もう帽子は日本じゃ厳しい」という話を様々な方から聞いていました。日本では、文化としても帽子がそこまで強く根付いている訳ではないから、帽子をかぶる必要性のあるシーンが圧倒的に少ないという前提がありました。それでも、ちょうどその頃「CA4LA」さんがメディアに多く取り上げられる状況も起きていました。日本の帽子を取り巻くシーンのちょうど転換期だったと思います。
でも、僕が作りたいハットは今人気のカジュアルテイストでは無いし(勝てないなと)、やるんだったら、一番良い環境で、トップに行けるようなブランドにしたい。そうなるするために、必要なことは何か?を考えた時に、ネームをすごく大事にしたんです。言葉としてできるだけ短く、特に海外に受けやすそうな音やコンセプトをシンプルに考えました。
漢字は伝わりにくいし、ネームタグにも使い回しが悪い、良くある英語ではインパクトも無いから難しい。そう思った時に、KABUTOは日本的だし、文字のビジュアルとしても分かりやすい。音のリズムも良いし。色んな視点からチェックをした時に、一番すんなりきたのがKABUTOでした。って偉そうに言ってますが結局直感が大きいです。
―KABUTOからスタートして、今現在はKABUTO by MASAHITO KAJIを正式名称にされていますね。
KABUTOの後に、by MASAHITO KAJIを付けたのには理由があるんです。別に目立ちたい訳では無いのですが、一つひとつ丁寧に日本のもので作っていこうと思って考えてみると、伝統の技が具現化され、世の中に残っているものには、だいたい作者の名前が付いているんですよね。刀とか、鎧とか。つまり、作者の名前で品質や信頼を表現することになる。僕もこの世界でトップに行きたいし、クォリティも信用して貰えるようなブランドとしてモノづくりと向き合って行きたいと思っていたので、リスクを背負う訳ではないですが、自分の名前をブランドネームに付けることにしました。ってまた偉そうにいってますが商標的な問題がありました(笑)
―KABUTOというブランドのコンセプトやどの様な想いで製作されているのか?を教えてください。
常に考えているのは、鎧兜の持っている素材感やイメージを僕の解釈でKABUTOに反映させること。僕達は現代に生きているし、現代に生きている人にかぶって貰いたいと思っています。
でも、説明しがちにならないように気をつけています。説明するのも、されるのもあまり好きではないんです。その説明しがちにならないところの引き際というのは、日本人独特の感覚なのではないかと思うんです。自然で、心地の良い人とモノの距離感。
また、極端な話をすれば「格好良い」か「格好良くないか」のどちらかだと思っています。クリエイションとして創ったものが、相手の視覚に入る頃には、もう僕の手を離れた感覚なんです。良いとか悪いとか、僕の帽子をどう使って、どうかぶって貰うかは究極買ってくれた人の自由だと思っています。

―KABUTO=兜 という言葉のイメージもそうですが、日本のエッセンスをモノづくりを通して表現したいという想いもあるのでしょうか?
日本人が創るから、必ずエッセンスとして「日本」が入るものだと思っています。クリエイションの部分は日本人らしく繊細になるし、成型に関しては職人の方に任せています。そういう自然に出るものが、僕の思う日本の美意識なのかも知れない。
あとは、ただ単に日本のものが大好きなんです。食べ物や、絵や、音も。いつまでもシンプルだし、モダンだと思う。もちろんTokyoのカルチャーも。
―アイディアソースとか、テーマとか、クリエイションをスタートされる時は何をスタート地点にデザインを考え始めるのでしょうか?
根底にある事として、帽子は帽子だけで外を歩けないんです。必ず、何かしらの洋服ありきでスタートなんです。主力にはならない。そんな力もないです(笑)。だから、僕がまず意識するのはスタイルなんです。コーディネートされたスタイルを俯瞰で見て、このコーディネートにはどういう帽子が似合うのか?って考えることが多いですね。そのソースとして海外のコレクションももちろん見ますしね。そのスタイルに合う帽子を考えるスタート地点が僕の場合は兜なんです。最終的に関係なくなってることも多々ありますが。
逆にスタイリングから考える事もありますよ。とか。ベースとしている、シーンがあった上でクリエイションを考えたりもします。
―KABUTOというブランドはどの様な方々に身に付けて欲しいですか?
僕の帽子に関しては、人を選ぶ所もあるし、プライスもハットにしては高めなので、迷って買う人はいないと思っています。これが欲しいと思って、店頭やオーダーをくれる支持層だと思う。
KABUTOのコアなファンはある程度自分のスタイルが確立されて、自分を知っている人達だと思います。問題はコアなファンがいないんですよ、まだ。
自分に似合うかぶり方やシチュエーションとか、スタイルをKABUTOと共に見つけていって貰いたいです。長く使って貰えるような帽子でありたいと思っています。
―2006年からKABUTOがスタートしてから、スタート当初の2、3年はどの様な活動が主だったのでしょう?
基本的にはハンドメイドや一点ものを製作していて、スチール撮影や舞台衣装などに帽子を提供していました。もう一つはカスタムメイドも受けていました。サイジング含めてお客様とコミュニケーションを取って、素材やデザインまで打ち合わせをしながら、一点モノのオーダーメイドを創っていました。オーダーして下さる方は、自分のサイズ感が無かったり、この生地で作って欲しいというニーズを持ったお客様や、世界に一つの帽子を作って欲しいというニーズが多かったように思います。
―当時はオフィシャルサイトも立ち上げ前でしたよね。オーダーして下さるお客様はどの様に拡がっていったのですか?
ほとんど全て口コミだったと思います。ハットのオーダーメードという事で珍しかったのか、そういうニーズを持っている方々のネットワークは早かったです。最近は時間的な余裕があまり無くて、受けられていないんですけどね。
―それでは、ここ一昨年、去年くらいの活動はどうだったのでしょう?
そうですね。ここ最近はずっと小澤聡子さんのブランドDummyhead Depaysemen(ダミーヘッド デペイズメン)をやらせてもらっています。

2009 A/W Dummyhead Depaysemen
http://dummyheaddepaysemen.com/
また、バンタンで学生へのアドバイザーを始めてから、ちょうど3年になるんです。バンタンで働かせて頂いている中で、ファッションビジネスの面白さや難しさを見た気がしています。講師の方々とお話したり、授業のサポートをしたりしていく中で、本当に良い出会いと勉強をさせて頂きました。でも僕自身全然出来ていないから、結局分かっていないですが。
―そんな中、2011年3月にパリで開催されたバンタンデザイン研究所が主催する合同展「Vantan Tokyo」にKABUTOも出品されました。VANTAN TOKYOに参加するにあたっての経緯をお聞かせください?

タイミング的に、僕がKABUTOの海外展開を考えていた時でした。Vantan Tokyoを2011年の3月にやる事を知っていたので、どうしてもパリに行きたいと思って「全部自腹で行くので、VANTAN TOKYOに参加させて貰えないか?」と話をしにいきました。最初は「んー」みたいな、あまりよく思われなかったですよ、きっと(笑)。でも、足りない事を自分なりに考えてビジュアルも新しく作ってもう一度持って行ったんです。
そうしたら、検討して頂けることになって。

―バンタンTOKYOに行く前に想像していた海外の反応と、実際のパリの人達の反応はどうでした?
良い意味で想像と違いました。僕が思っている以上に、興味を持って頂いて、評価して頂きました。ブランドとして、まだまだの所は多いのですがKABUTOというテーマに対しては、すごく面白がってくれましたね。
もともと、セールスよりもPRをメインにしていたVantan Tokyoだったので世界のバイヤー達にPRできる機会を頂けて、良かったと思っています。持っていった展示品を全てパリのPR会社であるクリストフォリに預ける事もできましたし。かなり強引に(笑)


―Vantan Tokyoで得たものは何でしょう?自信でしょうか?
自信より不安の方が大きいですが、確信を持てました。「この線でブレずに丁寧にひとつずつやり続ければ、何か必ず跳ね返ってくるものがある」という確信です。形、デザイン、全てですけど、良いって思ったことを、自分の感覚的に素直にやって来たことを評価して頂けた気がしています。
実は、いろんな人からアドバイスを頂くことも多かったんです。でも、必ず自分の「等身大のものさし」で測ってから、取り入れるものは取り入れて来ました。逆にいうと、違うと思うものは取り入れなかったんです。その選択が、正しかったという確信に繋げることができたんだと思います。まずは誠実に、一歩一歩KABUTOにとってプラスになる事をやりたいです。
―これからのKABUTOとして描いている展開があれば教えてください。
まず、一番メインに描くのはKABUTOをやり続けることです。それも、できるだけ長く。そのためには、セールスの部分やモノ創りの体制をもう一度考えなきゃいけないと思っています。
プレゼンテーションの仕方や展示会の回数も、KABUTOのプラスになることはする。そうじゃないことはしないつもりです。これからの2~3年はブランドの世界観やコンセプトが固まる期間だと思っています。見せ方や伝え方を意識して計画していきたいと思います。今はメディアが発達して、本当にいろんな伝え方がありますからね。
それ以降は、ビジネス展開の拡大を考えていきたい。ディフュージョンラインをどうするか?という事も考えているし、クリエイションのシステムをどう作るか?とか考えなきゃいけないことは、たくさんあるのだと思います。
ゆくゆくは、KABUTOは面白いもの作ってるよね。と言われる様な環境を作りたいです。どうやってビジネスになってるんだろうね?(笑)みたいな。ミステリアスな感じというか。少し突拍子も無い事もしてみたいと思います。いい意味ので無謀、手に負えないことをクリエイションではやりたいです。

KABUTO by MASAHITOKAJI 2011
―最後に、これからファッション業界を目指していくメッセージを!
僕が常に大事なんじゃないかと思っていることしか伝えられないですが、何をやるにも大事なのは「イメージできることは現実になる。逆にイメージできないものは現実にならない。」って言葉があるように、イメージであると感じています。経験でもないし知識でもない。絶対的に、大事なのはイメージです。イメージはいつまでもどこまでも拡げることができるし、その幅や深さは無限だと思っています。まずは、イメージすることを大事にして貰った上で、出来る、出来ないを考えることが大事です。
意外と、元から出来ることをやろうとする人が多いように思います。でも、僕は出来ないことをやってみて欲しいと思います。出来ない事の方が絶対に面白いし、得る物も多いと思います。また、選べるのであれば答えや正解のあることは避けて、答えの出ないものをやった方が良いと思っています。「苦労は買ってでもしろ」、というか「苦労は無料(ただ)」。
若い内は、自分から失敗しにいった方が良い。その代わり、負けて帰ってきたときには次勝つ方法を身につけて、次に活かすことが大事。自分にも常にそう言い聞かせています。そうじゃなく成功してる人には単に「ずるいな」っていうひがみですね(笑)
そして、自然に、ナチュラルに、好きなものは好きで大事にして欲しい。嫌いなものは嫌いで良いと思う。逆にそうじゃないと、ファッションというクリティブな世界では、あなたという個性を活かしにくいと思います。自然になるということは、ある意味自分を大切にするということ。自分を大切にしたら、自分と会話をする時間もできるし、自分を観察もできるし、「己ってなんぞや?」とか考えることができる。その時間が僕はすごく大事だと思ってます。
何を創るにしても、創作の場では「自分 対 自分」で向き合っているんだと思う。無理して背伸びしても、大して見える景色は変わらないですからね。かえって足をくじいちゃったりとか(笑)
自然体で、無理してカッコつけずに、やりたい事をやって欲しいと思います。
STUDENT’S Voice 11/02, 2010
WEBマガジン『Priceless Time』を創り、発刊した在校生インタビュー
バンタンは、勉強しながら編集部で働いているような感覚。実際に創ってみないと分からなかったことが全て吸収できました。
STUDENT’S Voice 09/25, 2010
OB・OG Interview 09/08, 2010
鯨井貴行(TELLSITデザイナー)
好きなことを続けるのは簡単なことではない。
自分がデザインした服を着ている人がいることが何よりもやりがいに繋がる。
STUDENT’S Voice 09/03, 2010
大学とバンタンの両立、ダブルスクールで夢を追いかける在校生インタビュー vol.1 柳朱和×金指麻美奈
大学とバンタンは相乗効果。どんなに忙しくても充実していると感じる。
STUDENT’S Voice 08/04, 2010
Waist High Overalls & The straps(ファッションショーに挑むバンタン在校生)
入学して半年でファッションショーをするという前代未聞のことに挑戦してみたかった。






















